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「コンプラ」とはポルトガル語の「コンプラドール(comprador)」に由来するもので、「仲買人」という意味です。

  17世紀前半頃、長崎の商人達は「金富良社(こんぷらしゃ)」という組合をつくって、東インド会社を介し日本製品の輸出を行っていました。その輸出製品の中に醤油も含まれており、当時醤油の容器として用いられていたものが通称「コンプラ瓶」と呼ばれている瓶です。
  これは染付で文字が書かれた徳利形の瓶で、主に有田の隣町の波佐見で生産されていました。コンプラ瓶の大きさは高さ20cm程で、口はコルクの栓で密閉されていたようです。
  瓶の上部には呉須で「JAPANSCHZOYA」と書かれています。「ZOYA」が醤油のことを指しています。また「JAPANSCHZAKI」と書かれた物もありますが、これはお酒を入れていたものだそうです。

  コンプラ瓶は日本からヨーロッパへ醤油を運び、フランスのルイ14世も醤油を好んで料理に使わせていたとか。またロシアの文豪トルストイは、コンプラ瓶を一輪差しとして使っていたという逸話もあります。日本では九州から遠い北海道函館の五稜郭でも出土しています。

■コンプラ瓶の歴史

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